補足として、実際の記録密度を試算してみる。
(このエントリは一続きのエントリの4/5)
4.1. 記録密度の手掛かり
ベンチマーク結果から、公称の線記録密度(最大)と実際の速度との関係に無視できないぐらい大きなバラツキがあることが分かる。
この公称スペックの「最大」というのがどれぐらいの範囲内での「最大」かということが問題であるが、それが直接分かる情報はない。ただ、Specificationには記録面のデータフォーマットの例があるので(実際のフォーマットは記録面ごとに違う)、記録面上のデータ領域の物理的サイズが分かれば、この例の場合の記録密度は計算できる。
4.2. 物理的サイズを見る
よって、気は進まないが(以下略)、5K320-80aの上蓋を開けてヘッドの動きを見ることにする。上蓋を開けたらいつ死んでもおかしくないので、予め先頭(外周)と末尾(内周)に100MBのパーティションを作成しておく。USBアダプタに取り付けてPCに接続し、上蓋のネジを外す。
上蓋を開けたところ。ヘッドがプラッタの下側に付いていたらどうしようかと思っていたが、上側に付いていてラッキー。
外周と内周のパーティションに対し、それぞれHD Tune ProのFile Benchmarkを実行中の状態を撮影。ヘッドは微細に動いているはずであるが、見た目には静止している。後から計算すると100MB分のトラックの幅は0.016mmなので、分からなくて当然。
内周の方はアームがもう少し内側に回りそうに見えるが、VCMの方にストッパー(青いプラスチック)があるので、物理的にほぼ限界。参考までに、5K320-250aのアームをストッパーに当たるまで回した状態が以下。
アームの動きの全体は、HD Tune ProのBenchmark(Read)を実行中の状態でこんなもの。
この後、HD Tune ProのRandom Accessを実行中にヘッドの動きがおかしくなり、後は下り坂を転げ落ちるように。上蓋を開けてから30分も経ってないが、目的は果たした。
資料を見ると、ヘッドは黒いスライダーの先端側の側面に貼り付けられた構造になっているらしい。よって、プラッタ側から見た状態(左)から、上から見たとき(右)のヘッドの位置は特定できる。
このヘッドの位置を画像から読み取り、プラッタ直径の65mm(2.5インチHDDの標準)を基準として計算すると以下のようになる。
| プラッタ中心からの長さ(半径) |
画像より(pixel) | 実サイズ換算(mm) |
プラッタ外径 | 1018 | 32.5(基準) |
データ領域外径 | 960 | 30.6 |
データ領域内径 | 448 | 14.3 |
ヘッドの位置から見て、このHDDのデータ領域は外径も内径も物理的に可能なサイズ一杯を使っていると考えてよいと思うので、このサイズを以下の計算の前提とする。
[修正]
ヘッドの位置について、サスペンションの丸い窪みの位置と見なしていたものから修正した(より先端側になる)。これに伴って、以下の記述も修正した。
4.3. ざくざく計算
さて、5K320のSpecificationの4.3 Cylinder allocationに、160GBプラッタのデータフォーマットの例がある。この例では最外周にあるゾーン0のトラック当たりセクター数は1512なので、最外周のトラックの線記録密度は以下のように計算できる。
1512(トラック当たりセクター数)×512(byteへ換算)×8(bitへ換算)÷{30.6(トラック半径=データ領域外径半径)
(注1)×2×π(トラック長へ換算)}×25.4(インチへ換算)÷1000(Kへ換算)
(注2)≒
816.9(KBPI)
(注1)実際はより細かい精度で計算しているので、完全には合わない。以下同じ。
(注2)公称スペックの中ではK=1000のようなので。
これは、ゾーン内では原理的に外周の方が線記録密度は低くなるが(セクター数が同じで、トラック長が長くなるので)、それでも公称の線記録密度(最大)の1154(KBPI)より随分と低い。
次に、トラック密度は、ゾーンごとに計算できる情報はないので、全体で計算すると、この例ではトラック数(=シリンダ数)は138306なので、以下のようになる。
138306(トラック数)÷{30.6(データ領域外径半径)-14.3(データ領域内径半径)}×25.4(インチへ換算)÷1000(Kへ換算)≒
214.9(KTPI)
これは、公称のトラック密度(最大)の216(KTPI)ぎりぎりである。Specificationにある表には「160GB/p Mid BIP-Mid TPI format」という表記があるので、中間的なTPIの場合の例かと思っていたが、いきなりほぼ最大値というのは、よく分からない。
気を取り直して考えてみると、これは以下のことを示唆しているように思う。
- この例ではトラック密度は基本的に均一になる。仮に粗密があるとすると、密な部分のトラック密度がもっと高くなり、公称の上限を越えてしまうので。
- この例ではデータ領域に物理的に可能なサイズ一杯を使っている。仮に一部だけ使っているとすると、トラック密度がもっと高くなり、(以下同文)。
よって、トラック密度は均一と仮定してよいと思うので、その仮定の上で、ゾーンごとの線記録密度を計算する前段階として、この例のゾーンごとのトラック数からゾーンごとの外径半径(仮定)を計算し、容量ベースで示すと
(注3)、以下のようになる。
(注3)ゾーンごとのトラック当たりセクター数×トラック数=ゾーンごとの容量を元に、ゾーン間の境界の位置を容量ベースで求めた上で、それにゾーンごとの外径半径を割り当てた。
さらに、これから全ゾーンを通しての線記録密度(仮定)を計算し、同様に示すと
(注4)、以下のようになる。
(注4)各ゾーンの最外周トラックの線記録密度(原理的にゾーン内で最低値となる)と最内周トラックの線記録密度(同じく最高値となる)を求め、前後するゾーン間で繋いだ。なお、HDDの最外周トラックと最内周トラックの線記録密度はトラック密度の仮定なしに計算できるので、その間が仮定によるものとなる。
トラック当たりセクター数は原理的に速度と正の相関関係にあるので、速度のグラフと同じ形になるが、速度が外周から内周にかけて下がっていく一方、線記録密度はほぼ横這いになっていることが分かる。
参考までに、ここまでの計算は以下のとおり。
Specification
にある例 | Specification
にある例より計算 | 物理的サイズを
加えた計算 |
ゾーン | トラック
当たり
セクター数 | トラック
数 | 容量
(MB) | 最外周
トラック長
(mm) | 線記録密度
(KBPI) |
最外周
トラック | 最内周
トラック | 公称値と
の比率 |
0 | 1512 | 8188 | 6339 | 192.57 | 816.9 | 843.5 | 73.1% |
1 | 1476 | 3916 | 2959 | 186.49 | 823.4 | 836.5 | 72.5% |
2 | 1440 | 6942 | 5118 | 183.58 | 816.1 | 839.6 | 72.8% |
3 | 1404 | 7031 | 5054 | 178.43 | 818.7 | 843.3 | 73.1% |
4 | 1377 | 3827 | 2698 | 173.20 | 827.1 | 840.9 | 72.9% |
5 | 1350 | 5963 | 4122 | 170.36 | 824.4 | 846.4 | 73.3% |
6 | 1323 | 4806 | 3255 | 165.93 | 829.5 | 847.7 | 73.5% |
7 | 1269 | 9078 | 5898 | 162.37 | 813.1 | 848.4 | 73.5% |
8 | 1242 | 5874 | 3735 | 155.62 | 830.3 | 854.2 | 74.0% |
9 | 1224 | 3649 | 2287 | 151.26 | 841.9 | 857.2 | 74.3% |
10 | 1188 | 6853 | 4168 | 148.55 | 832.0 | 861.5 | 74.7% |
11 | 1134 | 6853 | 3979 | 143.46 | 822.4 | 852.6 | 73.9% |
12 | 1116 | 3738 | 2136 | 138.38 | 839.1 | 856.2 | 74.2% |
13 | 1080 | 8722 | 4823 | 135.60 | 828.6 | 870.2 | 75.4% |
14 | 1044 | 3471 | 1855 | 129.12 | 841.2 | 858.3 | 74.4% |
15 | 1026 | 3471 | 1823 | 126.55 | 843.5 | 861.1 | 74.6% |
16 | 999 | 4450 | 2276 | 123.97 | 838.4 | 861.4 | 74.6% |
17 | 972 | 6408 | 3189 | 120.66 | 838.1 | 872.5 | 75.6% |
18 | 918 | 7921 | 3723 | 115.90 | 824.0 | 868.1 | 75.2% |
19 | 891 | 4272 | 1949 | 110.02 | 842.5 | 867.5 | 75.2% |
20 | 864 | 6942 | 3071 | 106.85 | 841.3 | 883.9 | 76.6% |
21 | 810 | 5251 | 2178 | 101.70 | 828.7 | 861.7 | 74.7% |
22 | 756 | 8633 | 3342 | 97.80 | 804.3 | 860.7 | 74.6% |
23 | 729 | 2047 | 764 | 91.39 | 829.9 | 844.0 | 73.1% |
合計 |
| 138306 | 80742 |
|
|
|
|
さらに、物理的サイズは他のシリーズでもほとんど同じと考えてよいと思うので、その仮定の上で、5K160、5K250、5K500.Bについても同じ計算をしてみる。
シリーズ | 公称スペック
(最大容量
モデル) | Specification
にある例 | 物理的サイズを
加えた計算 |
線記録
密度
(最大)
(KBPI) | トラック
密度
(最大)
(KTPI) | トラック当たり
セクター数 | トラック
数 | 線記録密度
(KBPI)
(公称値との比率) | トラック密度
(KTPI)
(公称値と
の比率) |
ゾーン
0 | ゾーン
23 | 最外周
トラック | 最内周
トラック |
5K160 | 902 | 146 | 1116 | 576 | 90576 | 602.9
(66.8%) | 666.8
(73.9%) | 140.7
(96.4%) |
5K250 | 1100 | 186 | 1368 | 704 | 116559 | 739.1
(67.2%) | 815.0
(74.1%) | 181.1
(97.4%) |
5K320 | 1154 | 216 | 1512 | 729 | 138306 | 816.9
(70.8%) | 844.0
(73.1%) | 214.9
(99.5%) |
5K500.B | 1356 | 270 | 1920 | 912 | 172675 | 1037.3
(76.5%) | 1055.8
(77.9%) | 268.3
(99.4%) |
いずれもトラック密度は既に公称値(最大)にほぼ等しいので、逆にいえば、線記録密度はこれより低いことはあり得ないはず(低いと必要な容量を満たせなくなる)。したがって、これがほぼ下限となるが、それにしても低いのが分かる。シリーズを経るにつれて上がっているが、公称値の大体70%強である。
つまり、
公称スペックに照らしてあり得る線記録密度の幅が、差し引き20%強もあることになる。実際の製品におけるバラツキはまた別とはいえ、これでは記録面ごとに、さらにはHDD個体ごとに相当の個体差があっても不思議ではない。
4.4. まとめ
- HGSTに関しては、同じシリーズでも記録密度は公称スペックからして容量別モデルによって違う。したがって、例えば5K320を全て同じプラッタ容量=同じ記録密度=同じ速度というような意味で160GBプラッタと言うのは正しくない。速度が気になるなら、そのシリーズのSpecificationを確認した方がよい。
- さらに、線記録密度にはある程度の個体差がある。これは不良品の場合でも、CPUのオーバークロック耐性のような定格外の場合でもなく、普通の状態で存在する。したがって、実際のHDDの速度にも相当の個体差が普通にあり得る。同じシリーズで同じプラッタ容量でも、同じ速度とは全く限らない。
- HGST以外のHDDメーカーに関しては、記録密度はあるシリーズの面記録密度(最大)ぐらいしか情報がないので不明であるが、想像するに、横並びで競争している以上、同じようなことをしているのではないかと思う。コストに直結しそうであるし。
- あるHDDの容量と速度だけからプラッタ容量を推測するのは、ほとんど無理。速度から直接推測できるのは線記録密度までで、トラック密度によっても記録面の容量は変わるし、線記録密度はシリーズごとに画然と分かれるわけでもないし、記録面数(=ヘッド数)は外からは確認できないし、容量の構成は様々あり得るので。
本題は以上であるが、次に
トリビア的なことを挙げておく。