1. 背景
現在のHDDは各プラッタの各記録面の各ゾーンによって記録密度が違うことを説明した、たぶん唯一の公開資料としてHGSTの「Adaptive Formatting in Hitachi Drives」(Adaptive_Format_WP.pdf)があった(他には特許情報が見つかるぐらい)。作成時期は内容から見てIBMの一部門だったときで、元のタイトルは違っていただろうと思うが、記録がない。
特許の出願が1998年5月で、公開が2000年10月、製品化された最初期のシリーズであるTravelstar 5K80の発表が2003年3月なので、時期的にはやや昔話に属する。
で、このAdaptive FormattingがなければHDDの性能上の個体差も基本的にはないし、記録面の仮説もそもそも出てこなかった、という重要な資料だが、内容は1ページ半に収まる短いもの。この関係の話の最初でも取り上げたことがある。
2. 内容
まず技術的背景として、HDDの容量拡大はヘッドの性能と部品公差(head performance and component tolerances)に制約されており、部品のばらつきを許容しつつ、面記録密度(areal density)を増加させるには新しいアプローチが必要になったとする。
従来はHDDの容量に応じて、ヘッドをその性能により選別して使用してきたが、これが生産工程の複雑化に繋がり、生産量を計画するのを難しくしていた。
(注)HGAとはHead Gimbal Assembly(アームの先に付いた、ヘッドとその支持機構が一体となった部品)のことだと思う。
そこで新しいアプローチとして、生産工程にAdaptive Formattingを導入した。これにより各HDDは、その特定のHDDに使用されたヘッドとメディア(プラッタ)に適合するよう工場において個別に調整される(indivisually tuned)。メディアの記録面は、それと対になったヘッドの性能特性に応じて、最適の線記録密度とトラック密度の組み合わせ(an optimized Bits Per Inch / Tracks Per Inch (BPI/TPI) combination)となるようフォーマットされる。
これは特定のヘッドとメディアの組み合わせにおける信頼性と性能の向上に繋がり、Fixed FormattingのHDDで起こり得るような、ぎりぎりの性能のヘッド(marginal heads)が使用される可能性が排除される。
ここまでのとおり、根本的な問題はヘッドの性能にばらつきがあることで、従来のFixed Formattingではヘッドを選別することで対応してきたが、それも生産上大変なので、各ヘッドの性能に応じて記録密度を柔軟に変更することで対応することにした、というのがAdaptive Formattingということになる。これで生産も楽になるし、信頼性も上がって一挙両得だと、そういう話。
それでHDDの性能的にどうなるかというと、従来のFixed FormattingであるTravelstar 40GNXと、Adaptive FormattingであるTravelstar 5K80をH2Benchというベンチマークで比較した図がある。
これが下図。青線が40GNXで、ぎざぎざの赤線が5K80。
この曲線における異なる転送速度の点は、HDD中にある複数のヘッドのうち、特定のヘッドの挙動を示す。Adaptive Formattingを使用すると、線記録密度は各ヘッド/ディスクによって変わり得て、これがドライブ間とヘッド間の両方のばらつきを生み出す。異なる線記録密度は、各ヘッドによって異なる転送速度に変換される。各計測点における速度は、どのヘッドが使用されるかに依存する。
このグラフのサンプリングレートは各ゾーンに多数の点を描くに足るもので、各ヘッドによる線記録密度に依存した転送速度が、各ゾーン中におよそ10回から20回表示されている。これにより、Adaptive FormattingのHDDではグラフが毛羽立って見えること("fuzzy" look)が説明される。
以上だが、ある時期からHGSTのHDDがHD Tuneでぎざぎざのグラフを描くようになって、当時はその理由が分からず、ただそういうものだと理解していたが、今にして思えばFixed FormattingからAdaptive Formattingへの切り替わりの時期だったのだと思う。
しかし改めて読んでみると、このぎざぎざの各点が各ヘッドにおける速度を示すということは、つまりは記録面の仮説と同じということで、したがって答えは初めから示されていたことになる。すごい大回りをした気がするが、一周回ってきたからこそ理解できるようになった、ということでよしとするかな。